1億2702万分の一(平成27年1月1日現在)
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勘違いで成り立っている関係

前回の記事で「この経験で、差別とか偏見って、無知からくるものなのだな、と実感しました。」と書きました。
そのときに思い出したエピソードがあるので紹介します。


以前、週に一度くらいランチに行っていた喫茶店がありました。

そんなに大きなお店ではなく、カウンターが5席くらい、4人掛けのテーブルが4つというレイアウトでした。

ランチはカレーライスと焼き飯、サンドイッチくらいしかなかったのですが、昭和の雰囲気や古いマンガが置いてあることが気にいってました。

その喫茶店に、毎日のようにいるお爺ちゃんがいました。

いつも他の常連客さんと元気におしゃべりしていたんですが、その声がとても大きく、他の人の話が聞こえないくらいでした。

そして話の内容がほとんど下ネタで、テレビに映っている女性を指して「この子はお尻はえぇなぁ~!ワシの好みや!」などと、これまた大きな声で叫ぶのです。

お店の人も他の常連客さんも苦笑いしていましたが、本人に悪意がないのはわかっていたので、特に注意したりはしていませんでした。


その後、私は職場が移動したこともあり、数か月ほどそのお店に行きませんでした。

久しぶりにそのお店に行くと、相変わらずお爺ちゃんがいました。

しかし、何か雰囲気が違ったのです。

声の大きさは普通だし、内容も下ネタではありません。

初めは体調でも悪いのかと思いましたが、お店の人に聞くとそうではありませんでした。


お爺ちゃんが変わったのは、誤解が解けたからだったのです。

まず、声が大きかったのは、お爺ちゃんの耳が悪く、自分が聞こえなかったからだったそうです。

今でも楽しくて調子に乗ってくると声が大きくなってしまうそうですが、お爺ちゃん自身が気をつけるようになったとのこと。

そして、下ネタについてはお爺ちゃん、サービスでやっていたらしいのです。

自分はもう現役ではない、でも周りの人はまだまだ元気そう、だから一生懸命に合わせているつもりだったんだそうです。


誤解が解けるきっかけは、新しくお店に来るようになった、別のお爺ちゃんでした。

その人自身も耳が悪く、声が大きくなりがちだったので、問題のお爺ちゃんに忠告したそうです。

「あんた、気づいてないだろうけど声大きいよ」って。

下ネタの件も「みんな、そんなに楽しくないよ」ってストレートに説明したのだそうな。


私たちはお爺ちゃんのことを「声が大きくて下ネタが好きな人なんだ」で済ませていました。

ですが、新しく来たお爺ちゃんは、同じ境遇であるからこそ理由を理解できて、みんなが楽しくやれる道を知っていたのでしょう。



剣客商売という時代小説の中で、主人公・秋山小兵衛がこんなセリフを言うシーンがあります。


剣客商売「徳どん、逃げろ」

「人の世は、みんな勘違いで成り立っているものじゃよ。ごらんな、太閤・豊臣秀吉や織田信長ほどの英雄でさえ、勘違いしているではないか。なればこそ、あんな死にざまをすることになった。それほどに、人が人の心を読むのは難しいのじゃ。ましてや、この天地の摂理(動き)を見究めることなど、なまなかな人間には出来ぬことよ。なれど出来ぬながらも、いつも我が心を慎んでいるだけでも、世に中はましになるものさ」





以前はお互いの勘違いで成り立っていたんだなあ、と実感したものです。
【 2015/02/25 (Wed) 】 雑文 | TB(0) | CM(0)

聴覚障がい者の政界挑戦

筆談ホステス、区政へ!私が聴覚障がい者の政界挑戦を応援する理由 | 東京都議会議員 おときた駿 公式サイト



これはおもしろい挑戦です。

この挑戦の過程で、ハンディを持つ人々にとって何が問題なのかがあぶりだされてくるでしょう。
何より、ハンディを持つ人が政治に参加した実績となれば、社会の理解を得る上で大きな前進となるでしょう。

私は特にハンディを持たず、いわゆる「健常者」ですが、周りにハンディを持つ人はいます。
そういった方々と接していると、最初は苦労します。
健常者との行動が当たり前になっているため、気づかないところで苦労をかけてしまったり、ついてきてもらえなかったりするのです。

ところが慣れてくると、今度はハンディのある方との行動が当たり前になってきます。
その上、それまで「ハンディのある人」と思っていたのが、「普通の人」と感じるようになってきます。
そのうち、ハンディが「その人の個性」と思えてきて、まったく気にならなくなります。


この経験で、差別とか偏見って、無知からくるものなのだな、と実感しました。


多くの人と交わって苦労したり、失敗したりすること。
それが差別や偏見への一番の処方箋なのかもしれません。
【 2015/02/25 (Wed) 】 社会 | TB(0) | CM(0)

「無戸籍者の総数は1万人」は信用できるか?

井戸まさえさんが「無戸籍者の総数は1万人」の根拠を説明してくれています…

無戸籍者1万人のリアル(元無戸籍児は直近10年だけでも約3万人)〜数の根拠についてお応えします



が、絶望的に文章が下手で、「1万人は盛り過ぎじゃねーの?」って思ってる人を説得する力がありません。

井戸さん、ホントに「経済ジャーナリスト」だったの?
こんなに文章が下手で、何かの記事書けたの?
添削したら真っ赤っかだよ、コレ。

本記事では井戸さんをdisってますが、私は井戸さんの活動を評価していますし、成果が上がってほしいと願っています。

これは愛のムチだと理解いただけると助かりますが、「口悪いな、オマエ」とかでもOKです。

私は無戸籍者を救済する活動については賛同しておりますので、この大変残念な文章を補足したいと思います。

■ホントに無戸籍者は1万人と推計できるのか

井戸さんの推計は、あまり信用できません。
なにしろ、雑です。
文章が雑なのはこちらの努力でなんとか読み解けますが、論理が雑なのは手当てできません。

火の通っていない固いジャガイモが入ったカレーを食べさせられて「おいしいでしょ?」と言われている気分です。

なので、本来は昭和40年以降の年月=50年分を掛け合わせないと正確なものは出てこないと思われるが、とりあえず不成立・取り下げの500件と「直近20年」を掛け合わせた数字=1万人と推定している。



この500件って、出典はどこで、何年度の話でしょうか。

総覧表  家事審判事件の受理,既済,未済手続別事件別件数


この中の「就籍についての許可」の欄でいいのかな?
却下、取下げを足しても、500ないよな…

一体どこの「500件」なんでしょうか。
ご教授いただけますと幸いです。

そしてそれに年数をかける根拠もわかりません。
普通に過去の数字を足しこんでいけばいいんじゃないでしょうか。

さらに「戸籍取得できなかった」が即「無戸籍者」ではないですよね。
どのように対応しているかはわかりません。イコールでないことは確かです。
なので、論拠として希薄です。

「裁判にできていない人数もあるんだ」と言われそうですが、それは別問題です。
そもそも把握できない数字を持ちだしたって、何の説得力もありません。

それは「元無戸籍児」数だ。それこそ父子関係の調停・裁判を行っている毎年約2700〜3000人のほとんどは出生届提出前に行っていると推測すると、この国で一時的にも無戸籍となった経験のある者の数は、この10年だけでも約3万人いるのだ。



この文章、読んで理解できる人は少ないと思いますが…

「無戸籍になったことのある人数」は、現在の無戸籍者の数に、何の関係もありません。
その後、戸籍取得できていれば問題ではないんですから。
実際に無戸籍のままとなってしまった人は、どのくらいの割合でいるんでしょうね。
10%かもしれないし、1%かもしれない。0%すらありえます。
割合がわからないので、何の根拠にもなりません。

井戸さん自身もおっしゃっておられますが、実際の話、実データがないので「わからない」が正解なんです。

おそらく、あまりに実態を把握するのが難しいので、上記のような希薄な論拠で総数を推計するしかないのだと思います。
ならば、最初にそう主張すべきです。

「現状把握が難しいのでわかりません。しかし数少ない事例や統計から、このように推計しております。」とね。

「無戸籍者1万人のリアル」は筆がすべりましたね。
この程度では「リアル」には程遠いです。


いい事をしているのだから、人助けをしているのだから、適当なことを吹聴してもよい、ということにはなりません。
推計したならば、その推計の根拠は明らかにすべきです。そして議論すべきです。
議論して、人を巻き込んで、関係者を増やして、問題を解決できるだけの規模を獲得すべきです。


■私の邪推…井戸さんは当初の戦略を忘れている

「無戸籍者1万人」との数字はキャッチーです。
これで世間の目を向けさせ、世論を動かし、役所を動かして無戸籍者を救うんだ!という筋書きだったはずです。

私はこの手法、アリだと思います。
というか、常套手段ですけれど。

でもね、井戸さん。
「1万人」という数字に反論されたからといって、薄い根拠を出して反撃しちゃダメだよ。
問題が「無戸籍者」じゃなくて「1万人」にフォーカスしちゃう。

やらなければならないのは、その数がどうであれ、無戸籍者の窮状を救うことであるはずです。

「私たちは1万人程度、無戸籍者がいると想定して活動しています」なら誰も文句言わない。
「1万人いると推計できるんだ、納得しろ」では文句が出ます。
だって、納得できないもん。


■井戸さんの文章がなぜわかりにくいのか

時間がなくて、反論に脊髄反射して感情的になって書きなぐった文章だから…という事情を考慮しても、ひどすぎます。

まず基本的な日本語の作法ができていません。

・誤字脱字が多い
・無駄な改行がある
・「てにをは」が変

繰り返しになりますが、本当に「経済ジャーナリスト」だったんですか?


たぶん多くの国民は、まさかお役所の示している数字の方が実態を表していないなんて思わないと思うが。


この一文、読んだ瞬間、脳裏にミルコ・クロコップが浮かびました。

「否定の否定」って、やっちゃダメって習わなかった?

つまりは無戸籍が固定化が予想されるのだ。


典型的な主語がふたつ。
「無戸籍の固定化」って言いたかったんだろうけど、そこで誤字しちゃダメだよ。

しかし、次にあげる数字を聞けば、納得せざるを得ないと思うのではないか。


何が言いたいのか。
「と思う」はいらない。


文章は書いた後、見直しましょう。
推敲できない状況なら、そもそも文章を公開するのをあきらめましょう。


こんな書きなぐりで理解のない人に理解してもらい、批判的な人に賛同してもらう、なんてことはできません。


そして、井戸さんの文章は不親切です。
読む側に努力と負担を求めます。

「前に書いた」を連発していますが、みんなが井戸さんの文章をすべて読んでいるわけではありません。
いえ、むしろ読んでこなかった人たちにこそ、伝えたいことをきちんと伝えるべきじゃないんですか。

「前に書いた通りだ」とか言われても、「知らん」と返されるだけです。
せめてリンク貼るなりしましょう。

数字を出すなら出典を明示しましょう。
でないと議論にすらなりません。


言いたいこと言ってるだけで、読む人の立場をまったく考えていません。


■ 私の老婆心

井戸さん、ご自身に都合のいい人たちに囲まれて、裸の王様になってませんか。
タコ壺にハマりこんではいませんか。

活動自体には、私は好意的です。
だからこそ、良い結果が出てほしいと思いますし、今回の井戸さんの文章が残念でもあるのです。

【 2015/02/20 (Fri) 】 社会 | TB(0) | CM(0)

公職に気遣いはいらないのか

東京都議会議員のおときた駿氏がブログで愚痴っております。


「税金で食ってる人」には、何をしてもいいの?政治家だって人間である | 東京都議会議員 おときた駿 公式サイト


私もネットの掲示板、ブログのコメントなどを読んでいて不思議に思うことがあります。

なぜ相手が公職(議員や警察官、市役所職員など)というだけで、これだけ攻撃的になれる人がいるのか、と。

相手が公職であれ、民間の人であれ、社会的なマナーは守るべきでしょう。
しかし「オマエは公職なんだから、オレ達の要求を聞いて当たり前」と思っている人は多くいます。

それもこれも、公職への無理解からくるものではないかと思います。


少しでも誤解をとくべく、私自身の経験をいくつかお伝えしたいと思います。

■公務員は楽なのか

実際、公職と民間で差はありません。

私の知人で市役所の土木課に所属している男性がいました。
事故や災害があれば、寝ていても緊急連絡が来て飛んで行かないといけないときがある。
でも周囲からは「公務員は9~6時で楽ですね」って言われて気持ちが報われない、とこぼしていました。

ある市役所の福祉課に勤めている女性は、早く帰れる日でも19時、普通は21~22時、予算編成時などは終電で帰れないのが普通、のようでした。

公立高校の教師をやっている友人は、クラスの担任とクラブ顧問で、平日も帰るのが遅く、休日出勤当たり前の生活をしています。
1才の息子さんがいるのですが、なかなか遊べない、と苦笑いしていました。


みなさん、民間と同じくがんばってらっしゃいます。


もちろん楽な仕事の公務員もいらっしゃいますが、それは民間も同じことです。


■公共事業とは何をするのか

以前、とある方が衝撃の発言をなさいました。

「公共事業なんて、レベルが低くて民間じゃ取り扱わないことをやるんだから、もっと公務員の報酬を減らすべきだ!」



マジですか本気ですか、本気と書いてマジと読むんですか。

どうしてこんな勘違いをされているのかは超長くなるので割愛しますが、公共事業は「民間ではできないが、社会的に必要な事業」です。

例えば高速道路を作ることを考えましょう。
作るには数十億円かかりますが、通行料の徴収で数十億円が取り返せて利益が出るようになるまで数十年かかります。
こんな事業を民間ができるわけがありません。
運転資金が回りませんし、何よりリスクが大きすぎます。数十年後なんてどうなっているかわかりません。
しかし、高速道路があると、その地域の経済は活性化しますし、豊かになります。

いろんな条件により「公共事業としてやらなければならないこと」は数多くあります。

中には赤字確定だが、やらねば死人が出る、といった事業もあります。
これも民間では無理ですね。だって赤字確定なんだもの…


以上、いくつかに絞って説明させていただきました。

「でも公務員は~があるから特別じゃないか!」などのご意見ありましたら、お寄せいただけますと幸いです。

【 2015/02/17 (Tue) 】 社会 | TB(0) | CM(0)

曽野綾子さんのコラムはどう読むべきか

作家の曽野綾子さんのコラムが今、問題になっています。


■曽野綾子さんの発言は問題なのか

詳細は他のメディアなどでも散々記事になっているのでここでは割愛しますが、私は今回のことがなくとも、曽野綾子さんは社会的、政治的な問題は不向きと考えます。
今さら曽野綾子さんのコラムなど、問題にすべきとも思いません。

なぜなら曽野綾子さんは「文学の人」だからです。

文学はときに、反社会的・反道徳的でなければならないものです。
反道徳的であればあるほど、名作と呼ばれたりもするほどです。
そんな世界の人に、社会的問題を扱わせるのが不適当なだけです。

曽野綾子さんは、その豊かな才能と引き換えに、いくつかの良識、良心、視点が欠落されているのだろうと思います。

以前に問題となった「二次方程式を解かなくても生きてこられた。二次方程式は社会にでて何の役にも立たないので、こんなものは追放すべきだ」という発言にも、良識の欠如が見られます。

普段使っている椅子、テーブル、自動車、住んでいる家… あらゆるものが数学なしに存在しません。
数学があったからこそ生まれたものに、囲まれながら、世話になりながら、「自分が数学なしで生きてきた」という個人体験を社会全体に適用しようとしています。

あまりにも幼い発想です。
しかしこの幼さゆえに文学の世界で生きてこられたのだろうと思います。

曽野綾子さんの発言は、おそらく「曽野綾子という個人」ではなく、ある作品の「曽野綾子という登場人物」という見方をするべきなのではないでしょうか。
あのコラムは個人の思い入れを存分に表出させた「文学作品」だったのです。

■曽野綾子さんの発言はアパルトヘイトを指しているのか

断言しますが、アパルトヘイトを指しています。

「もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった。」



「アパルトヘイト政策の成果を見て、分けて住む方がいいと思うようになった。」と書いてあります。
これはアパルトヘイトの成果を見た経験から、それを肯定しているという解釈以外ありません。

曽野綾子さん自身は「居住を分けた方がよい」という主旨が先にあって、その結論に至った経験が偶然アパルトヘイト政策によるものだったという認識なのでしょう。

しかし、こんな理屈は社会的には通りません。

本人が「分かれて暮らしたい」と希望しているのなら問題ありませんが、制度として強制しようというのです。
これはアパルトヘイトと実質的に変わりません。

 爾来、私は言っている。
「人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい」



そんなこと、他人に言われる筋合いはありませんよね。


■曽野綾子さんの反論の残念さ

この件で一番驚き、しかも残念に思ったのは、曽野綾子さんの反論です。

曽野綾子が人種差別(アパルトヘイト)肯定コラムに「あの記事に間違いはない」と明言、産経も容認 | BUZZAP!(バザップ!)
曽野綾子は金曜日、ウォール・ストリート・ジャーナルの取材に対しこのコラムのことで議論するつもりはないと回答した。「もし記事に誤りがあれば私は訂正します。私も人間ですから間違うこともあります。しかし、あの記事に間違いはありません」



曽野綾子さん、あなたは文学の人でしょう。
自分の意思に反して、読者が自分の意図しない理解を示した。
これは売文家として、自分の力量を無さを嘆くとともに、読者の理解を受け入れるべき場面ではないですか。

これでは誰も理解してくれませんし、受け入れもしてもらえないでしょう。

曽野綾子さんは文学の人ですらなくなり、ただの人ですらもなくなっているのですか。

【 2015/02/16 (Mon) 】 社会 | TB(0) | CM(2)

パスポート強制返納について

最近、ISILによるテロ人質事件に絡んで、ジャーナリストが危険地帯に踏み込むこと、そして人質となった場合の対応について議論が盛り上がっています。

その最中、フリーカメラマン杉本祐一氏がシリアへ行くことを計画していたとの理由で、外務省よりパスポートの返納を求められました。

その杉本祐一氏が記者会見を行ったので、これについて取り上げたいと思います。

【全文】「ISILの支配地域に行くつもりはなかった」〜パスポートの返納を命じられた杉本祐一氏が会見



結論から言ってしまえば、パスポート返納は妥当だと思います。(”正当”ではない)

記者会見だけを見ても、杉本祐一氏を「危険地帯に行っても大丈夫な人物」とはとうてい思えないからです。

そう思う理由はふたつ。

(1) 杉本祐一氏が迂闊な人だから

ところが、新聞記事で、私がシリアに行くこと、さらには詳しい日程まで、掲載されてしまい、本当に驚きました。私は静かにシリアに行き、また静かに帰国することを望んでおり、全く不本意なことだったのです。



新聞記者に詳細を言ってしまっている時点で、この人は危機管理ができない人と思います。
穿った見方をすれば「オレ、シリアに行くんだぜ!」と宣伝したかったのかもしれないとすら受け取れます。

杉本氏:弁護士の方とは、昨日の夜、ちょっとお会いして、ご挨拶程度の接し方をしただけです。この会見にもご同行をお願いしたんですが、別の用事があるということで、じゃ一人でということだったんですが、今の質問で僕も燃えました。最後まで行きます。



記者会見の途中で、弁護士に相談もなく、いきなり思いつきで「訴訟を起こします」と公表してしまう。
冷静な判断ができない人と見なさざるを得ません。

私としましては、自分のパスポートを取り戻したいのはもちろんのこと、私の事例が悪しき先例になり、他の報道関係者まで強制返納を命じられ、報道の自由、取材の自由が奪われることを危惧しております。



シリア行きを強行することで、悪しき前例が作られてしまうかもしれない、と思わなかったんでしょうか。
先のことをまったく考えてないように見受けられます。


以上のように、危険地帯に行って大丈夫な人とは、とうてい思えません。


(2) 杉本祐一氏は公正公平な視点を持っていない

街に出たら、「写真を撮っていいですか」って言われたことがありました。「国賊ですけどいいですか」って言ったら「国賊大好きです」って言われたり。「あんたこそ侍だよ」と言ってくれた人もいます。



全体にわたってそうなのですが、杉本祐一氏は自分に都合のよい情報しか見ていません。
あるいは都合のよい情報しか出していません。

このような人が危険地帯にいって、有用な取材ができるのか、と疑問です。
個人的に取材に行くのはかまいませんが、今現在は国を巻き込んだトラブルに発展するリスクがあります。

杉本祐一氏がこのリスクを背負う覚悟を持っているとは、その言動からとうてい思えないのです。

以上の2つの理由を主として、私は今回のパスポート返納を妥当と評価しています。

杉本祐一氏は「裁判を起こす」と息巻いていますが、思慮の浅い方のようなので、どうなるかはわかりません。


パスポート返納問題について、今回に限っての考察を述べました。

もう少し一般化させた考察をまた書きたいと思います。


【 2015/02/12 (Thu) 】 社会 | TB(0) | CM(0)

ブログタイトルについて

「貼る力」ではありません…

念のため。
【 2015/02/12 (Thu) 】 雑文 | TB(0) | CM(0)

さて、ブログ始めます。

いろいろと勉強したりしてきたけれど、自らのアウトプットが全然ないことに気づきました。

まあ、民主主義の日本に産まれて育って死んでいくからには、「こんなこと考えてるのがいるよー!」とアウトプットしていくべきかと思い、このブログを始める次第です。

自らが1億2702万人(平成27年1月1日現在)の内の一人にすぎないことを自覚しつつ、誰かの幸せに少しでもつながればいいな、と思いを込めて…

【 2015/02/10 (Tue) 】 雑文 | TB(0) | CM(0)
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