1億2702万分の一(平成27年1月1日現在)
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放送作家が差別に対して怒っているようですが、見当違いです

なぜか知らぬ間に差別問題に触れていることが多い皆川です。こんにちは。

付き合った女性が部落出身の方だったり、在日韓国人二世だったり、なぜか韓国人だときめつけられて100円ライターを投げつけられたり、バーで知り合った美人を口説いたらニューハーフだったり、などとマイノリティの方と触れる機会が昔から多いのです。

実際は大阪で生まれ、貧乏でもなく金持ちでもなく、高学歴でもなく、大食漢でもなく小食でもなく、スポーツも得意でなく苦手でもなく、日本人を全部足して人口で割ったらオレになるんじゃないかと思うくらいに平々凡々な北摂っ子です。

マイノリティの方々と接していると、特徴のないこちらがコンプレックスを感じてしまいそうな勢いです。


さて、BLOGOSで差別問題を提起しているエントリがありました。

<差別?ポリシー?>なぜ「ミシュラン星付レストレン」は女装者の客を「他の客に見えない場所」に座らせたのか?



結論から言ってしまえば、これはこの筆者、安達元一氏の姿勢に問題があります。レストラン側の問題ではありません。

レストラン側から見れば、想定できていない事態であり、どう対応しようか苦慮したことだろう。

いきなり異装の方に来られては、イタズラや遊びでやっているのか、それを正装としてやっているのかが判断できません。

もちろんすべての客に満足を提供するのが理想ではありますが、大勢のいろんな客がいる以上、対応できない事態もあるでしょう。想定できていなかった事態もあるでしょう。

安達氏に対するレストラン側の回答はまっとうなものだし、異装の方のことも、他のお客さんのことも考えて出した、バランス型の回答だと思います。



安達氏はいきなりレストランに敵対的姿勢で臨むのではなく、丁寧に対話すべきでした。

この方にとって、この衣装は正装であり、民族衣装のようなものだと考えてもらいたい、と理解を得る努力をすべきでした。


レストランでは食事だけでなく、雰囲気もサービスの内です。

予告もなく異装の方が来れば、他のお客さんがどう感じるかをレストラン側がコントロールするのは難しいでしょう。


安達氏の悔しさ、無念さも理解できます。しかしそれを招いたのは安達氏自身の迂闊さだと断定できます。

なぜなら、その状態を避ける行動を起こせたのは、事前も事後も安達氏ただ一人だからです。


事前にお店に一言入れ、相談しておくべきでした。
事後にはレストラン側と丁寧な対話を試みるべきでした。



かくいう私もセクシャルマイノリティの友人と食事となると、それなりにお店を選びます。普段は来ないようなゲストが来るのならば、あらかじめお店に伝えておくべき、相談しておくべきなのです。

和食の店に、いきなりイスラムの方をお連れしても、同じようにお店側はとまどいます。

どのような接客をすべきなのか、どのような食材を仕入れておけばいいのか。いきなり来られると、これらの準備ができないのです。



安達氏はこうも書いています。

もしかしたら、筆者がこういった問題について神経質なだけかもしれません。しかし、マツコデラックスのような有名人が来れば、ニヤニヤ笑いながら支配人が挨拶に来る様が目に浮かびます。



マツコデラックスは公にその存在を認められているので、不快に思うお客さんはいないでしょう。なので問題ありません。

逆に問いましょう。安達氏と異装の友人は、マツコデラックスが世に認知されるためにしてきた努力・活動をしてきましたか、と。


安達氏は明らかに「レストラン側の差別である」と決めつけています。

この話は、まだ差別問題として語るべきではありません。

レストラン側に差別的意図があったかどうかが、この内容ではわからないからです。すべてのお客さんに対してトータルなサービスを提供しようとしたとも理解できるのです。


マイノリティでなくとも、対話によって自らを理解してもらう努力をしなければならないのは、この社会の礼儀です。

「オレはオレの好きなようにする、受け入れろ」という態度が社会に受け入れられないのは、普通のことなのですよ、安達さん。

【 2015/05/12 (Tue) 】 社会 | TB(0) | CM(0)

憲法は改正してはいけない!のか?

新幹線が取れなくて、夜行バスに乗ってみたらけっこう快適でビックリした皆川です。こんにちは。

憲法改正、議論が白熱しているようです。大江健三郎さんとか、内田樹さんとかが、なんか痛い演説をされていて、私の胸が締め付けられる日々です。

日本国憲法(にほんこくけんぽう、にっぽんこくけんぽう)は、1947年(昭和22年)5月3日に施行された、日本の現行憲法である。
日本国憲法 - Wikipedia



今の憲法はもう68歳のお爺ちゃんなんですね。

新幹線も走ってない。
携帯電話もない。
インターネットもない。

そんな時代に決められた憲法です。

何もかもが変わって来ています。しかし、変わらないものも、変えてはいけないものもあるでしょう。

総点検しなければならない時期が来ているのではないかと思います。

そこへ頭がどうかしている国会議員がトンデモ発言したようです。

故に、安倍総理という憲法も立憲主義も何も理解していない恐ろしい政治家が権力を握り、自民党草案という大日本帝国憲法と同等の憲法案が存在し、それらに正面から戦わない維新の党という野党勢力がある中、憲法改正の議論を絶対に進めてはいけません。
今年が最後の「国民の憲法記念日」とならないようにするために



議論を進めてはいけないんだそうです。これほど明確な民主主義の否定も珍しい。

この民主党議員は、「オレが考えている正しさ以外は認めない!」と叫んでいます。

テロリストと変わりません。実力行使がないだけです。

民主党もかなり残念な状況ですね。


憲法改正について、私は消極的賛成の立場です。民主主義的手続きを経て、「憲法は改正しない」と決まるのなら、私はそれはそれでよいと思います。そして日本国民はその憲法を尊重して生きていくのであれば。

憲法改正の議論をするな、というのは言論弾圧に他なりませんし、民主主義の否定です。

こんなレベルの低い幼稚な議員がいることに、深い失望を覚えました。



【 2015/05/04 (Mon) 】 政治 | TB(0) | CM(0)

大阪都構想で大阪市は損をするのか?

雨はキライですが、雨の音は好きな皆川です。こんにちは。

知人の選挙活動も上々の結果に終わり、休息の日々です。彼らの政治活動が実りあるものになることを祈っています。

さて、大阪都構想の住民投票が迫ってきており、大阪市内では推進派/反対派の街宣車が走っているのをよく見るようになりました。

反対派の街宣車が流している音声を聞くと、あまりの内容のひどさにゲンナリします。

「とりあえず反対に投票しましょう!」って…本当に人をバカにしています。


佐藤章という自民党の衆議院議員が、大阪都構想に反対する内容のブログを公開していました。

「改革」に反対なのではありません。改善すべきところはしていかなくてはなりません。私たち自民党は、市民に「不利益な構想」に反対なのです。
私がいわゆる「大阪都構想」を反対する訳



私は基本的に大阪都構想に賛成の立場です。だからこそ反対派の意見には慎重に耳を傾けるべきと考えています。

ですが、一度もまともな内容の反対意見にお目にかかったことがありません。

上記の佐藤議員のブログも、本当に意味のない内容です。

佐藤議員は自身のブログで

「何かをはじめるとき、それには必ずメリットとデメリットがあります。目先の美味しいところばかりを見て、「不都合」を見ず、その対策を考えずに突進していくのは失敗のもととなります。」

と書いています。

物事にはメリットとデメリットがある、と言いつつ、この人は大阪都構想のデメリットしか見ていません。

大阪府全体が効率よく繁栄していけるシステム(仕組み)を作ろう、というのが大阪都構想です。この概念がまったく理解できていません。

仕組みを変えようというのですから、部分部分を見れば大阪市にとって損に見える部分が出てくるのは当たり前です。

第一、大阪都構想は大阪府全体で大阪府のことを考える仕組みにしようとしているです。

綱引きでは全員が同じタイミングで引くことで勝てる確率が上がります。タイミングを合わせる仕組みが大阪都構想なのです。大阪市が一人で好きなタイミングで引いてたら大阪全体が勝てないということです。

権限・財源を大阪府に移譲することで、大阪全体のタイミングを合わせようとしているのですから、大阪市だけを見れば損に見える部分があるのは当然のことなのですよ。

それを佐藤議員は「大阪市が損をする!」とまくし立てているだけなのです。推進派もそれは考慮して対策が組み込まれているのですが、それは知らないか無視しているようです。


仕組みを作る、それが大事

「効率的なシステム(仕組み)を作る」ことと「社員ががんばれば業績が伸びる」はまったく違う次元の話です。自民党は一生懸命「今のままでも社員ががんばれば業績は伸びる」と叫んでいますが、もうこれは論点がずれているんです。

「効率的なシステムを作る」とはどういうことか。

みなさんは働いたことがありますか?

職場にはルールや役割があったはずです。例えばスーパーだったら、誰がレジを担当して、商品を並べるのは誰、トラブルがあった場合は誰が責任を持つか、といったことが決まっていたと思います。

レジが混んでいれば誰が優先的にレジに行き、レジが暇ならば商品を並べに行く、なんて感じで仕事が回っているはずです。

しかし「オレは商品を並べる係だから、レジが混んでいても手伝わないんだ!」なんて社員がいたら、そのスーパーの売上は上がらないでしょうし、お客さんも迷惑します。このレジを手伝わない人が大阪市です。(大阪市が悪いと言っているわけではありません。今の大阪市はそういう役割になっているので、仕方ないのです。)

大阪市も、レジが暇なら商品を並べたり、在庫調べたりを手伝ってね。とルールを変えることで、スーパーは効率が上がって売上は上がるでしょう。そして売上が上がれば給料も上がります。大阪市はしんどくなりますが、給料も上がるのです。

すごくザックリした説明ですが、こういう狙いを持っているのが大阪都構想なんです。

ビジネスの場では当たり前の発想です。それが政治家さん達にはさっぱり理解できないようで、自民党を初め大阪都構想に反対する人たちの言い分は例外なくトンチンカンです。

「今のままでも二重行政は解消できる!」とよく言っているようですが、何十年もできなかったことを「今度はできます!」って言って、誰が信用するんでしょうか。一度も宿題出してこなかった学生が「明日は宿題持ってきます!」って言って、持ってきますか?

もうね、仕組みを変えるしかないんですよ。そしてそれはビジネスの場では当たり前のことですし、それができない企業は倒産します。

私は大阪に倒産してほしくありません。





【 2015/05/04 (Mon) 】 政治 | TB(0) | CM(0)
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